スピリチュアル体験?解明できない不思議なできごとがありました

ファンタジーかつミステリアスな雰囲気の不思議な色合いの空50代のココロ

見かけたらついつい読みいってしまう、不思議なスピリチュアル体験談。

わたしはそうした体験談やスピリチュアル的なことを信じていることもあって、興味はあったものの……、心のどこかで自分とは無縁の話だと思っていました。

でも、少し前にわたしも出会ったのです。
スピリチュアル体験かもしれないできごとに……!
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スピリチュアル体験  VS. ごく普通の感覚の持ち主であるわたしのスタンス

スピリチュアル体験談を読むのが好き。
かつ、そうした不思議な世界・体験に関心があり、いわゆる死後の世界の存在を信じているわたし。

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でも、だからといって、わたしは、なんでもかんでもスピリチュアル現象に結びつける、いわゆる“スピ系”のヒトではありません。

少なくとも自分ではそう思っていないし、むしろ逆に近いように思っています。
(警戒心が強く、あやしい話には疑ってかかるタイプの人間です。石橋を3回くらい叩いて、壊れるギリギリになってから渡る、みたいな感じかな。笑)

 

……スピリチュアルな世界って、玉石混交というか、しっかり見分けられるルールがあるわけではありませんよね。

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もちろん、素晴らしい能力を持つ霊能者もいる。(たとえば、江原啓之さんとか、冝保愛子さんとか。)

でも、逆にそうした力なんてないのに、「見える」と言ってだます人もいる……。

見えない世界だからこそ、証拠がなくても「言ったもの勝ち」みたいなこともあるんだろうな、と割と冷静にとらえています。

だから、スピリチュアル体験談にも、同じことが言えないでもないな、なんて感じる部分があったのも事実です。

……そんなちょっと疑い深い(?)わたしがスピリチュアル体験をしたのは、今年の春のことでした。
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スピリチュアル体験をした場所は?

わたしにスピリチュアル体験らしきことがあったのは、今年の早春。
地下鉄に乗っていたときでした。

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ほぼ一日かかる総合病院での診察を終え、調剤薬局で処方されたエコバッグいっぱいの薬を抱え、クタクタの状態で地下鉄に乗車。

平日だったせいか夕方に近い時間帯でもラッシュではなく、座ることができました。

それで安心したからなのか、うつらうつらと寝込んでいたようで、ハッと気が付くと、左隣に若い女性が座っていたのです。

わたしが乗っていたのは、地下鉄の一番前の車両の、さらに一番前のシート席。

右隣、つまり前は、ドアで区切られた運転席です。

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車内はガラガラなのに、なぜか密着するくらいわたしの近くに座っているその女性に気付いて、まずビックリ。

年齢はたぶん、20代前半くらいかな。

アッシュ系の栗色のミディアムボブヘアに、ストール、ショートコート、ミニスカート、厚手の黒タイツ、グレージュ系のショートブーツといういで立ちで、いかにも今っぽい感じのかわいらしい女性です。

でも、春とはいえ、まだ雪がちらほら舞う日もある札幌の天候を考慮して考えても、彼女のいでたちはちょっと重装備過ぎ。

小さな愛くるしい顔をストールの中に埋もれさせているようにしていて(ノーマスクでした……!)、札幌でいうところの“真冬ファッション”に身を包んでいたのを今もハッキリ覚えています。
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スピリチュアル体験と、そのとき、どう感じたか

その女性がわたしに密着するようにして隣に座っていることに気付いたとき、最初は特に不思議には感じませんでした。

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すみれ
すみれ

「きっと、わたしがウトウトしているうちに、どこかの駅から乗ってきたんだろうな。……にしても、ちょっと暑そうな服装だなぁ、これが今の若い人のトレンドなの?」
そんなことを考えていた記憶があります。

ただ、徐々にムクムクとわたしのココロに違和感が……。

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隣に彼女が座っていたのは、わたしが気付いたときから数えて4駅分ほど。

最初はなんとも感じていなかったものの、彼女の様子がどこかおかしいなと思いはじめ、それからは(迷惑にならない程度に)ちらちらと見ていました。

そして気付いたのは、彼女の見え方がおかしいということ。
なんというか……。
彼女は、時折スマホを操作したりもして、ちゃんと動いてはいるんです。

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でも、「立体感」や「質感」がなんだかおかしい……!

たしかにそこにいるようにわたしには見える。
でも、横に座っているはずの彼女は、まるでそこに「張りぼて」の人形が置かれているような存在感なのです。

彼女の姿は、たしかにわたしの目にはっきり映っています。
でも、”ノペッ”としていて、立体感があまり感じられなかったのです。。。!

たとえていうなら、ねぷた人形のような……。
この写真に描かれている威勢のいい男性とは全然感じが違うけど(笑)。

ちなみに、足はちゃんとあって、スラリとした美脚の持ち主でした(笑)。

 

そして、「これは巷で言うスピリチュアル体験かもしれない」と、わたしが思うに至った理由。
それは、彼女が「映って」いなかったからなのですよね。。。

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ガラガラの地下鉄車内。
座席の向かいにある車内窓に、わたしの横にいるはずの彼女が映っていなかったんですよ。。。(*_*;

座席はもちろん、その上に貼られているポスター、彼女とわたしの境目にある縦のにぎり棒(手すり棒?スタンションポール?)やつり革は、はっきり映っている。

さらに言えば、座席逆側の端に座っていた女性は、ちゃんと映っているんです。

でも、彼女がいるはずのスペースには何も映っておらず、わたしの隣は空席になっている。
彼女が移っているはずなのに、向かいにある車内窓にはそこがガランと空いて映っているという……。

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その後、わたしは目的の駅で降りましたが、降りるときもまだ彼女は座っていました。

わたしが見たあれは一体なんだったのか。

半年近く経つ今も解明できておらず、わたしとしては、スピリチュアル体験だったのかな、という結論に至っています。

とはいえ、わたしはそのとき病院帰りでクタクタに疲れていたこともあり、100%スピリチュアルな体験をしたとはいえないかもしれません。

でも、どう考えてもあれは……、そうだったとしか思えないのです。

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そして、自分でも不思議だったのは、スピリチュアル体験をしたはずなのに、「怖い!」という気持ちがほとんど起きなかったということ。

なんかおかしいな、と思いつつ、しげしげとチェックしたりもしましたしね(笑)。

わたしが彼女の存在に気付いた駅は、若い人が多いエリア。

だからなのか、「いろんな思いを抱えている年代なんだろうな。わたしにもそういう時代があったっけ。もし娘がいたらこのくらいなんだろうなぁ。」なんて考えちゃったり。

また、「いつ死が訪れるのかなんて、自分ではわからない。だからこそ今この一瞬を一生懸命生きよう。後悔しないように目いっぱい自分らしく生きよう!」とも思いました。

……スピリチュアル体験って、意外に身近にあるものなのかもしれない、それが今のわたしの実感かもしれません。

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今、こうしてブログを書いているわたし自身も、いずれはあの世に行く。

そのときは、肉体は滅びてしまうけれど、まさに今このときのように、あれこれ考えている自分という存在(たましいというか)はずっと残るものだと思っているから、彼女の存在が自然に感じられたのかもしれませんね^^。
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